近頃、子供からはよく散歩を要請(笑)されます。今日は、食材調達も兼ねて家族3人でドライブをしました。
道中「○○日は祭りの為渋滞します」な看板を発見。丁度、子供が生まれた産院の近くでした。ああ、渋滞の中、出産に駆けつける旦那もいらっしゃる事でしょう。
お世話になった我々にとっては自身たった一つのストーリーに過ぎませんが、産院では言うまでも無く日々出産。祭りだろうがなんだろうが、その日にもストーリーはあり……
全くもって頭が上がりません。
医療制度不備等のために産院が激減している昨今ですが、頭が上がらないのはその所為だけではないでしょう。
産院のスタッフには、日々多大な重荷が圧し掛かりそれは生半可な意思ではしのぎきれないだろう重たいもの。
感謝をいくら重ねても重ねたりません。
果たして、頭の上のハエを追うと……
理想的な働き方、生き方を考えて行くと「何を創りたいか」に帰着しがちな私ですが「如何に感謝されうるか」と言う要素も非常に大切だなと感じました。
トラックバック URL :
そんな都合の良い会社があってたまるか
10年以上前の事です。大学の卒業が迫り、私も就職活動を行った事が有りました。
希望はゲーム会社。
とある大きくない会社から内定を頂き、その年の夏休み一杯をバイトとして過ごしました。
当時の私としては給与は二の次で、兎に角、「企画が認められれば一プログラマであろうと予算がもらえる」仕組みにときめき、自分にとってそこが最高の環境だと信じて疑いませんでした。
表題の「そんな都合の良い会社があってたまるか」は、面接で役員に言われた言葉です(笑)確かに、その役員は会社の屋台骨を支える為に走り回っていました。彼らこそ、本当は心底創りたいものがあったのでしょう。しかし、環境整備に労力を裂かれ、ママならない状況の中からでた悲痛のアドバイスだったのかもしれません。
君は起業すべきだ
ときめいている新卒に言う台詞にしては、若干厳しい気もします。新卒の面接どころではない実情が言わしめた愚痴だったのかもしれません。それでも、当時の私には染みた言葉でした。(なお、そこのゲーム会社は同年の秋口に大きく傾き役員総退陣になりました。)
今から思えば浅はか極まりませんが、結果、私は向こう見ずにも会社をつくりました。礎もコネも何もない若気の至りそのものの行為でしたが、根本にあったものは、この言葉の衝撃でした。
環境を作ろう
流石に、限界があります。個人であっても、法人であっても。10人未満であって、おそらく1000人以上であっても。
たとえ火星で全生態系を創るような規模であっても、必ず人様にお世話になる部分は出てきます。いつ枯れるとも分からない泉に全霊を預けることも少なくないでしょう。
感謝かな
お世話になっている方々への感謝は当然ですが、それ以外に対しても、その手の気持ちが必要なのかも知れません。
どんなに環境をつくろうとも、やはり未確定要素は存在し、そしてそれは必ずしも極小に維持できるとは限ぎらず…
まぁ、なんと言いますか「ただそこにあるもの」も案外努力の結晶だったりで在り難いものなのですよね。
トラックバック URL :
かなり良著の予感
最強の集中術: ルーシー・ジョー・パラディーノ, 森田 由美: 本
かなり良著の予感です。2008年上半期ベスト良著かもしれません。もっとも、20冊も読んでいないのですが(ノ∀`) 読んだのに予感なのは、まだ全然咀嚼できていないから。書いてあることは概ね化学的で、思想系やオカルト系のものとは一線を画します。
脳科学系の本も少しは読み、それなりに刺激も感銘も受けましたが、それらはなんと言いますか、OnOff的なやるやらない的な二元論もしくは仕組み原理の解説に近く、この本のように、手法をもってバランスを「コントロール」する具体性を前面に押し出してはいませんでした。
こんな大事な事を…
まず、この手の理論・技術を、体系だって学んだ記憶がない自分に愕然。断片的な技術にはよく触れますし、オカルト的な集中の概念こそ持ってはいますが、それらはとても満足すべきレベルのものではありませんでした。
ああ、30年も生きてきてこんな大切な事の体系を持っていないなんて…
弛緩←→緊張の軸
この本は、リラックスしすぎてやる気が出ない状態から、興奮しすぎて頭も真っ白な状態までを「弛緩←→緊張」の軸に置き、アドレナリンのコントロールによって、自身を適切な状態に導く事で、最もパフォーマンスが得られる「集中ゾーン」を維持しようという理論のようです。
また、デスクワークにはデスクワークの、アメフトにはアメフトの、それぞれに適した「集中ゾーン」があるとも。
気分転換や不安・緊張の制御、やる気の出し方等々、非常に具体的で分かりやすく今日から使えそうなテクニックも満載です。
今の今ままでは、悪い「緊張」状態の解消に必要なのは「リラックス」ではなく「集中」だと信じていました。リラックスなんかするヒマがあったら、目の前の一球に集中しろ!みたいな感覚。でもそれは、違ったんですね。
「緊張状態ではアドレナリンが出すぎているため、リラックスする事で集中状態に戻れる」と言う事なんですね。
なるほど「緊張しないためだけのメンタルトレーニング」なんて次元では無いと。
うーん…
しかし、イマイチ咀嚼しきれません。もっとも、実践できていないのですから当然とも言えます。
ベースとなる理論も、コントロール方それぞれも非常にすばらしいのですが、何かが混沌としている。
素朴な疑問としては、
ひょっとして集中ではなく平静なのでは
まず、競技によって「ゾーン」が異なる時点で「アドレナリン量」と「集中」の軸が違っていませんか?(・ω・)
投擲競技などでは確かに「興奮」状態の方が良さそうです。しかしアスリートを見るに、彼らは興奮と同時に「集中」を獲得しているようにも見えます。「集中力」というゾーンは固定で存在するが、「競技パフォーマンス」のピークは、集中力のピークにあるとは限らない…という意味なのでしょうかねぇ。
ひょっとして集中ではなく意欲なのでは
興奮状態にも、けっして怒りっぽくない「躁」状態があったり、弛緩状態にも、不安に苛まれて何もできない「鬱」的な状態や、10倍になった重力に魂を絡め取られるような全くやる気が出ない状態など、さまざまです。
テクニックの章では、不安や無気力への対策も具体的に掲載されているのですが、果たしてそれらは本当に「弛緩興奮」の軸なのでしょうか。「躁鬱」や「必然性」のようなもののなど、何かしらの大事な軸が同時に存在しているような気がしてならないのです。
ひょっとして集中そのものではなく、その土台?
この本によると、コントロール次第では、それこそ「常時」集中していられるようなのですが「最大パフォーマンス」が出せる精神状態を本当にそんなに維持する事は可能なのでしょうか。
ひょっとすると「土台」作り程度に割り引いて捉えるべきなのかもしれません。
何れにしても何度も読んで、実践してみようと思える示唆に富んだすばらしい本です。

トラックバック URL :
儲けを生み出す表現力の魔法 によると、表現力に於いて子供と動物が際立つのは、可愛いからではなく、
子供と動物は、「今、ここ」に生きて反応しているからです。
「今、ここ」に生きているとき、生物はその存在感が最大になっています。
だそうです。
ちなみに、タモリ倶楽部を見ながらお酒を飲むは大好きです。酒に酔った自分は「今、ここ」ですが、タモリ倶楽部は確かに「今、ここ」の魅力ではありません。
翻って、私自身はどれだけ「今、ここ」を生きているのか。「今、ここ」の私自身はどれほどの者なのか。我ながら面白くない人間です。
当ブログでほとんど時事・社会問題に触れないのは、「自分が何をできるのか」「自分は何をしているのか」という視点を入れにくいから。つまり、それらに関して美しい行為を何もしていないから\(^o^)/
思うことこそ腐るほど(笑)あるのですが、少なくとも「意識的に関係できる何か」が無ければ、書いても嘘になってしまいます。嘘は流石に大げさでしょうか。しかし実践の伴わない空しい記録になってしまいます。
できるだけ「今、ここ」を意識する事でもう少し、彩のある楽しい方へ向かうことを期待しつつ、今打つべき仕事へ戻ろう(ノ∀`)

トラックバック URL :
気が付けば私もマークアップエンジニアです。と言う訳で、チョット古いですが
「マークアップエンジニアはどこへ向かうべきか」を考察。
あぁでもコレ、どうみても「マークアップエンジニアの私はどこへ向かいたいか」ですよね。
皆々様、適性や趣向に合わせて精進なさっている事でしょうし。例え無意識であっても「マークアップエンジニアの本質とは」と問われた際に思い浮かぶ方向へ。例えば、写植なり、IAなり、デザインなり、ライティングなり、プログラミングなり、ディレクションなり、エンタメなり。
結論
今年中にあと2つ3つくらいCMSをかじってみようと思いました(゜Д゜)
私的変遷の整理
アプリケーションプログラマ→ホームページ制作者→ウェブディレクタ→HTMLコーダー
ノリで会社設立したものの、プログラミングで食えず、当時黎明期だった「ホームページ制作」を受注。黎明期は分業が進んでませんので、オールラウンダー(何でも屋)として成長。ビジュアルメイクのセンスが無くプログラミングは部下のが遥かに素敵だったため、自動的にディレクタ件雑用(笑)に。会社を軌道に乗せられず、現在フリー。
ざっくりこんな感じでしょうか(ノ∀`)
言うなれば、スキルアップに失敗した私。結果的に、今持っている「食える」程度のスキルはHTMLコーディングです。
- 「習得が楽」だったからかもしれません
- 「誰もやりたがらなかった」からかもしれません
- 「外注が捕まらなかった」からかもしれません
- 「適性があった」からかもしれません
そんな私の考察。
切磋琢磨の不要な職はない
(続きを読む…)
トラックバック URL :
ネット上で広く支持されている論、信頼を得ている論が、マスコミの言う世論とずれている感は少なからずありますが、実際どうなのでしょう。
支持される要因とは。今どのような現象が起きているのか、そして起こるのか。その辺に興味が沸いたのが、去年の3月頃でした。
世論自動分析失敗
1週間ほど「某匿名掲示板からのネット世論自動抽出」を試みました(仕事ではありません)。
結果的には突き抜けず失敗(ノ∀`) しかし、
- 完結した正論には賛同レスは付きにくい
- わざと煽って内容と逆の意見を加速させる向きがある
- 選挙前は本当に「党員」が来る
等々、興味深い事例にも気付け、案外実のあるものでした。
ネット言論の時代は案外複雑かもしれない
その際、深く感じたのが、そう遠くない将来訪れるであろうネットジャーナリズム全盛時代の複雑さ。
直接選挙制ならずとも、選挙運動のネット解禁が迫り「政治」はより身近なものになるでしょう(親しみやすいかは別として)。
おそらく、ネット上での言論活動は、どんどん複雑化していくと思われます。「嘘を嘘と見抜けない人には(掲示板を使うのは)難しい」と言う有名な言葉がありますが、日に日にそれが難しくなっていっている印象を受けました。
受け手責任は実在する
(続きを読む…)
トラックバック URL :
レバレッジ:テコ を効かせる。 生産性の比例的向上ではなく、1の労働で何倍もの対価を得られる働き方。
どうも、私の生き方にはレバレッジが足りない。同時に心のどこかにレバレッジの効かせる事に躊躇があります。
結論
少なくとも個人の範囲では、レバを効かせる事を躊躇すべきではない。
また、無理してまでレバを効かせることに拘る必要もない。
むしろ、足りないのは絶対量\(^o^)/
是非
政体レベルで考えるなら、おそらく累進性のさじ加減次第。低すぎれば誰も改善しなくなり、高すぎれば食い詰める敗者が増えます。
アメリカ的には、徴税による累進性ではなく勝者自身の手による奉仕で成されるのでしょうか。
個人レベルなら、世の中への還元は儲けてからでも充分できそうです。 従って、儲かる前から是非を考えるのはナンセンスか。
要素
できるだけ要素として純粋な部分を抽出してみました。 (続きを読む…)
トラックバック URL :
こういう子に育てたい…と言うのは、少なからず自分自身が目指すところと重なります。
価値観
具体的?なところは後ほど列挙してみますが、それとは別に非常に大切なのが「価値観」。良し悪しの境界、いや、良し悪し全般に及んでその「感じ方」が大きく影響します。
その時その場所その社会に存在する「メタな価値観」と自身が持つ感じ方が噛み合うに越した事はありません。
よい子バンド
価値観さえ噛み合っていれば、極論(笑)、やりたい事をやりたいだけやっても、周囲までドンドン良くなってしまうのです。そう、ドラえもんの「よい子バンド」状態。
もっとも、絶対の価値観などはありませんし、手の届く世の中がドンドン広くなる昨今では、よい子バンドをしたまま一貫性のある人格を保つことは不可能でしょう(ノД`)
三つ子の魂
(続きを読む…)
トラックバック URL :