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城と城下町

[自分ルール] 2009年2月8日(日曜日) 22:43

企業は……国際競争力を……な話で近頃感じるのは、「城と城下町は苦楽を分かち合った方が幸せなんじゃないのか」と言う面です。

城下町が消えて空しい

SF的な意味で極度に成熟した社会に於いては、資産を「金」化するのが自然かつ合理的なのかもしれません。しかし同時に、現代の「金」が、果たしてそこまで認められるに値する価値を得ているとも思えず。
「成熟」しきっていない、歴史的な意味で普通の社会では、資産を様々な形に分散するのが自然でしょう。そして、その資産の一つの在り方として「価値を生み城を守る仕組み」即ち「城下町」自体が在るんじゃないのかなぁと感じるのです。
私は既に小城でさえありませんが、城下町が消し飛ぶ様は見るに忍びません。

その摂理は合理的か

海底火山の噴出口が変わり、消える噴出口周辺の生態系が変わらざるを得ないのは摂理です。また、荷物を抱えすぎては目的地に到達も出来ません。
しかし果たして、それは本当に閉ざさざるを得ない噴出口なのか。果たして駆け足でたどり着く事にどれだけの意味があるのか。
逆に、分かち合うに値する城下町なのか。そこに通じるものがどれだけあるのかと言う視点もあるでしょう。

もったいない

まとまりを欠きますが、昨今の判断は短期的な損得で決せられ過ぎている様に感じます。そして、その代償とされているものが真に「もったいない」ものである可能性も強く。
子供の時には、使い捨ての「ビンやカン」を非常にもったいなく感じました。当時の合理性よりも、当時の子供の感覚の方が正しかったと判断される時代になり10年以上。
ひょっとすると、今、価値の高いものが各地で切り捨てられているのかもしれません。

城下町としての価値を

城下町の価値は短期的な「収支」に留まらず、それが城下町足るか足るべきかを含めて、もう少し多くの角度から精査されてしかるべきかなと感じます。

ええ、酔っぱらいです。

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