実践せねば
挨拶のできない人は~な話はよく耳にします。確かにそうでしょう。
若かりし日は、挨拶なんぞ糞食らえだった訳ですが、いい歳をとると流石にケジメ・キッカケ・雰囲気・意志の明示等々、明朗な挨拶はどう考えてもすばらしいものと思えます。
更に、子供も生まれ、自分の一挙手一投足が彼の「価値観」を刻んでしまう事を考えると、益々、挨拶を実践せねばなりません。
「せねば」は間違った心構えなのかもしれませんが、必要は感じるもののナカナカ……と言ったところでしょうか。
会釈ばかり
流石に会釈はできます。しかしナカナカ声に出せません。
視力が悪いからでしょうか!?、会釈にしてもタイミングを失う事があります。
子供相手は難しい
こちらが子連れの場合は、ご近所さんの子供も朗らかなのですが、私オッサン独りの場合は、ガン無視な場合も(ノ∀`) まぁ、オッサンですし、向こうの気持ちも分からなくはありません。
とはいえ、こちらは仮にも大人ですので、「こんちわー」とか「どうもー」程度は言いますが、やはり微妙な空気に。
オッサンも難しい
人の事は言えませんが、男性というのは目的がある時は寄り道を望みません(データ無し)。ガンガン歩きます。なので、擦れ違う関係(笑)の場合は、タイミングを逃しがちに……
そもそも年賀状が書けない(・∀・)
直接的な挨拶に関わらず、お歳暮や暑中見舞い等々、その手の「挨拶」もカラッキシ。
振り替えれば「結納」もしませんでしたし、「常識」の類には非常に疎くあります。
ええ、無精です
無精はいかんですね(ノД`)
義務感が先に立つ以上は、腰は重いままでしょうから、なんとかそれらを楽しむ方に向かえればと思いました。
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